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最期まで日中関係気にかけ…山口淑子さん死去

最期まで日中関係気にかけ…山口淑子さん死去

スポーツ報知 9月15日(月)7時4分配信

 戦前に「李香蘭」の芸名で知られ、戦後は女優・歌手として活動した元参院議員の山口淑子(やまぐち・よしこ、本名=大鷹淑子)さんが7日午前10時42分、心不全のため都内の自宅で死去していたことが14日、分かった。94歳だった。葬儀は親族のみで行われた。旧満州で生まれ、戦前は日本人であることを隠し、日中の大スターに。74年の参院選で自民党から出馬し当選、国会議員も3期務めた。激動の時代を波乱万丈に生きた人生に幕を閉じた。

 満州で生まれ、戦火のまっただ中で育った山口さん。その人生は波乱に満ちたものだった。

 旧制中学時代、父の交遊関係から知り合ったのが「男装の麗人」「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれた川島芳子。日本陸軍のスパイとして48年に銃殺されたが、川島からは名前が同じ「よしこ」ということで、かわいがられたという。

 川島と交流があり、当時は李香蘭を名乗っていたことから、後に山口さんにもスパイ容疑がかかり、処刑寸前に。その時には日本の戸籍を提示し、潔白を示したが、民族同士の戦いで目の前で人が倒れ、死んでいく環境の中で、山口さんは「日本人・山口淑子」でありながら「中国人・李香蘭」として、揺らぎながら生きていた。

 その当時の経験が、74年に参院議員となった後の活動に示されている。主に取り組んでいたのは、国際平和に対する活動。中国を訪問し、処刑場だった競馬場近くのホテルに泊まった際には「当時の光景が目に浮かんで、近くを歩けない」と話していたという。自分のように、後々の人生にまで及ぶ「傷」を負うような状況を作ってはいけないと考えていた。

 自著「李香蘭を生きて」では、自らの人生を「『時代』という河の流れにいや応もなくこの身を運ばれたといった方がいいのか」と振り返った山口さん。最期まで日中関係を気にしていたという。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140915-00000083-sph-ent
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